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潮騒



ここには、潮騒が満ち溢れている。
海は、今日も綺麗だ。
私は、やはりこの場所を選んで良かったと思った。


私は、女性が持つには少し大きめの鞄を持って、とある崖に来ていた。
目の前に最高の風景が広がるにも関わらず、人気は少ない、いわゆる「穴場」のようなスポットだ。
そして、私にとっては、彼との思い出の地である。
私は、鞄に思い出をたくさん詰めて来ていた。

鞄の中から銀色の眼鏡を取り出す。
私が、シルバーのフレームが彼に似合ってるだろうと思い、プレゼントした物。
貰った時には恥ずかしそうに顔を赤らめていたっけ。

私はその眼鏡を、海へと落とした。
無尽蔵に広がっている青が、小さな小さな銀を飲み込んだ。


鞄から、彼との思い出がどんどん溢れてくる。
私はそれを次々と海へ落とす。
彼が憎い訳ではない。
けど、確かな理由があるわけでもない。
強いて言うなら、思い出に従っているだけなのかもしれない。

そして、鞄から、指輪が出てきた。
煌びやかな宝石がはめ込まれたエンゲージリングだ。
この場所で、彼が私に渡してくれたもの。
「これからずっと、死んでも一緒だよ」と、優しくプロポーズしてくれた時の物。

嗚呼、思えば。

私は彼の優しさに包まれるのが大好きだったんだ。
冗談だろうと何だろうと、彼の言葉に私は救われたのだ。
不意に、涙が溢れ出す。
私は、指輪を左手の薬指にはめた。


そして、鞄から、最後にして最大の思い出――全ての思い出の原点――が出てくる。

それは“彼”。


「死んでも一緒だよ」と、ここでそういってくれたあなたが大好きです。
だから、私はあなたと一緒に死にます。

私は、冷たく動かない“彼”にそう囁き、ぎゅっと抱きしめる。


私達は、潮騒の中へと飛び込んだ。
重力に身を任せ、下へ、下へ。

ふと彼を見て目に入るのは、首をロープで締めた痣。
あの時は苦しい思いをさせて、ごめんね。


今までの思い出が、走馬灯の様に蘇る。

思えば、潮騒と思い出は似ているのかもしれない。

今の私の周りを、ざわざわと取り囲んでいるのだ。

そして、私は飲み込まれた。




潮騒が、ここには満ち溢れている。
海は、今日も綺麗だ。






*後書き





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